横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)2983号 判決 1988年7月18日
原告
植野泰男
被告
多田勇二
主文
被告は、原告に対し、二一〇万三〇七〇円及びうち一九〇万三〇七〇円に対する昭和六〇年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その三を原告、その余を被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は、原告に対し、三七二万六九〇九円及びうち三四二万六九〇九円に対する昭和六〇年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言の申立て
二 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
発生日時 昭和六〇年一二月三〇日午前一一時四六分頃
発生場所 横浜市戸塚区和泉町三〇一一番地先市道
加害車両 普通乗用自動車(横浜五二り三五三六号)
運転者 被告
被害者 原告
事故の態様 原告が自転車を運転して下飯田方面から進行し、別紙図面<×>'地点に差しかかつたとき、長後街道方面から時速約三〇キロメートルで右折進行してきた加害車両が原告運転の自転車に衝突し、原告の傷害を与えた。
2 責任原因
被告は、加害車両を運転するに当つて、前方を注視して進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、注視不十分のまま進行した過失によつて本件事故を発生させたもので、被告は、民法第七〇九条に基づき本件事故によつて原告に発生した損害を賠償すべきである。
3 原告の受傷内容、治療経過、後遺症
(一) 受傷内容
原告は、本件事故によつて頭蓋骨骨折、頭蓋底骨折、脳挫傷、左外傷性膝関節内障等の傷害を受けた。
(二) 治療経過
(1) 昭和六〇年一二月三〇日 藤井外科で加療
(2) 昭和六〇年一二月三〇日から昭和六一年一月二三日まで大船栄共済病院に入院
(3) 昭和六一年一月三〇日から昭和六二年九月二八日まで(実日数五一日)同病院に通院
(三) 後遺症
局部に神経症状を残す。
自賠責後遺傷害別等級表第一四級第一〇号相当
4 損害
(一) 治療費 一四万二九八九円
(二) 入院雑費 二万五〇〇〇円
原告は、二五日間入院したが、その間入院諸雑費として一日当り少なくとも一〇〇〇円を要した。
(三) 通院交通費 三万二六四〇円
原告は、五一日間横浜栄共済病院に通院し、通院交通費として片道三二〇円を要したので、通院交通費の合計は、次のとおり合計三万二六四〇円になる。
(320円×2)×51=3万2640円
(四) 休業損害 一九二万〇七九三円
原告は、自宅に工場を併設してモルタルミキサー、モルタルポンプ等の修理、販売業を父親と営んでいたが、父親は八二歳で、実質は原告一人で営業に当つていた。
ところで、原告の昭和六〇年度の申告所得は、二三八万二二八五円であるが、専従者としての父親に対し支払われた専従者給与二二〇万円を加えると、原告の実質的所得は四五八万二二八五円になる。
しかるところ、原告は、本件事故により、事故当日の昭和六〇年一二月三〇日から昭和六一年五月三一日までは就労不能であつたもので、原告は、右期間中次のとおり一九二万〇七九三円の休業損害を受けた。
458万2285円×153/365=192万0793円
(五) 逸失利益 六二万五七一一円
原告は、前記のとおり四五八万二二八五円の年収を得ていたものであるところ、本件事故によつて自賠責後遺障害別等級表第一四級に該当する後遺障害を受け、労働能力の五パーセントを失つたが、右後遺障害は症状固定時より少なくとも三年間は継続するから、右期間少なくとも右年収の五パーセントの得べかりし利益を失つたもので、ホフマン方式による年五パーセントの割合による中間利息を控除すると、その現価は、次のとおり六二万五七一一円になる。
458万2285円×0.05×2.731=62万5711円
(六) 慰謝料 合計二七五万円
原告は、本件事故により前記のとおりの傷害を受け、入、通院を余儀なくされ、しかも後遺障害が残つたもので、その苦痛を慰謝するには、傷害分について二〇〇万円、後遺症分について七五万円をもつてするのが相当である。
(七) 弁護士費用 三〇万円
原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用として三〇万円を支払うことを約した。
(八) 損害の填補
原告は、本件事故に関し、保険金から一七七万〇二二四円の支払を受けたので、これを原告の損害に充当した。
5 結論
よつて、原告は、被告に対し、三七二万六九〇九円及びうち弁護士費用を除く三四二万六九〇九円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六〇年一二月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 1項の事実のうち、事故の態様は争い、その余は認める。
被告は、加害車両を運転して、本件事故現場の市道を中田町方面から下飯田方面へ向け、時速約二〇キロメートルで走行していたところ、別紙図面<1>の地点で原告運転の自転車を<ア>の地点に認めた。
当時、本件事故現場付近の道路には駐車車両は無く、<1>の地点からの見通し距離は約五〇メートルあつた。
ところが、被告が別紙図面<2>の地点に差しかかつたとき、原告は、<イ>の地点からさらに<×>の地点に向かつて、急にフラフラした状態で加害車両の直前に曲がつてきた。
被告は、<2>の地点でブレーキをかけたが、原告運転の自転車が加害車両の左前部にぶつかつてきたものである。
2 2項は争う。
本件事故は、1項で主張したような経過で発生したもので、被告にとつて本件事故は不可抗力としか言い得ない状況下で発生したものであり、被告には本件事故発生に過失がない。
3 3項の事実のうち(二)の事実は認め、(一)、(三)の各事実は否認する。
4 4項の事実のうち、(八)の事実は認め、(一)ないし(九)の各事実は否認する。
第三証拠
証拠の関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1項の事実(事故の発生)のうち、事故の態様を除き、その余の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件事故の態様について検討する。
成立に争いのない乙第一号証の四ないし九、一二、証人瀬口朝雄、同桜庭陵の各証言、原告、被告各本人尋問の結果(後記いずれも措信しない部分を除く。)を総合すると次の事実を認めることができる。
1 被告は、友人の訴外佐野文枝を相鉄線希望が丘駅前で加害車両に乗せ、横浜市戸塚区にある米軍戸塚無線送信所付近の友人宅に行くため同区中田町まで行つたが、友人が留守であつたので、別の友人宅に行くため同区下飯田町方面に加害車両を運転して進行し、本件事故現場にさしかかつた。
2 原告は、金融機関に行くため、自転車に乗つて同区和泉町の自宅を出て、上飯田町方向から本件事故現場にさしかかつた。
3 被告は、加害車両を運転して、本件事故現場の市道を中田町方面から時速約二〇キロメートルで走行していたところ、別紙図面<1>の地点で原告運転の自転車を<ア>の地点に認めた。
当時、本件事故現場付近の道路には駐車車両は無く、<1>の地点からの見通し距離は約五〇メートルであつた。
4 原告が乗つた自転車は、加害車両の目前で一旦別紙図面<ア>の地点から下飯田方向に曲がりかけたが、再び中田町方向に向け、別紙図面<イ>の地点に進出し、被告が別紙図面<2>の地点に差しかかつたとき、<イ>の地点からさらに<×>の地点に向かつて、急にフラフラした状態で加害車両の直前に曲がつてきた。
5 被告は、<2>の地点でブレーキをかけたが及ばず、加害車両の左前部を原告運転の自転車に衝突させ、原告を加害車両のボンネツト上に跳ね上げ、自転車を前方に跳ね飛ばした。
以上のとおり認められ、乙第一号証の七、証人鎌田幸市、同志田実の各証言、原告本人尋問の結果のうち、いずれも前記認定に反する部分はにはかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
三 責任原因
以上の事実によると、原告は、本件事故現場にさしかかつた際、加害車両を前方に発見し、同車両が上飯田方向に進行するか、下飯田方向に進行するか判断に迷い、右方向に避けようとしたり、左方向に避けようとしたりし、最後に再び右方向に避けようとして加害車両の直前に進行してきたものと推認されるところ、被告は、加害車両を運転するに当つて、前方を注視し、前方で不安定な動きをしている自転車があるときは、その動静に注意して徐行する等して進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、漫然進行し、自転車の側方を通過しようとした過失によつて本件事故を発生させたもので、被告は、民法第七〇九条に基づき本件事故によつて原告に発生した損害を賠償すべきである。
しかし、原告にも、加害車両が近付いて来ていたにもかかわらず直ちに避譲せず、道路上を自転車を迷走させ、加害車両の直前に進出させた過失があり、右事実に本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告に生じた損害につきその三五パーセントを控除するのが相当と認める。
四 原告の受傷内容、治療経過、後遺症
成立に争いのない甲第二号証の一、二、第七号証の一、二、第九号証、乙第一号証の一〇、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。
1 受傷内容
原告は、本件事故によつて頭蓋骨骨折、頭蓋底骨折、脳挫傷、左外傷性膝関節内障等の傷害を受けた。
2 治療経過
(1) 昭和六〇年一二月三〇日 藤井外科で加療
同日大船栄共済病院に転院
(2) 昭和六〇年一二月三〇日から昭和六一年一月二三日まで大船栄共済病院に入院、昭和六一年一月二四日から昭和六二年九月二八日まで(実日数五一日)同病院に通院、その間脳神経外科、整形外科で治療を受け、眼科で受診した。
3 後遺症
大船栄共済病院では昭和六一年一〇月二七日までにほぼ治療を終え、昭和六二年九月二八日まで経過観察し、原告に、後遺障害として頭痛、首肩痛、記憶障害があることが認められた。
原告の右後遺症は自賠責後遺傷害別等級表第一四級第一〇号に相当する障害である。
五 損害
よつて、本件事故により原告に生じた損害につき検討する。
1 治療費 一四万二七八九円
成立に争いのない甲第八号証の一ないし七によると、原告は、横浜栄共済病院に治療費及び文書料として合計一四万二七八九円を支払つたことが認められる。
2 入院雑費 二万五〇〇〇円
前示のとおり、原告は横浜栄共済病院に二五日間入院したが、経験則によると、その間入院諸雑費として一日当り少なくとも一〇〇〇円を要したものと推認することができるので、二万五〇〇〇円をもつて相当損害額と認める。
3 通院交通費 三万二六四〇円
前示のとおり、原告は五一日間横浜栄共済病院に通院したが、原告本人尋問の結果によると、原告は、通院のためバス、電車を利用し、その費用として片道三二〇円を要したことが認められるので、通院交通費の合計は、次のとおり合計三万二六四〇円になる。
(320円×2)×51=3万2640円
4 休業損害 一九二万〇七九三円
原本の存在、公務署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分につき原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第四号証の一、二、原告本人尋問の結果によると、原告は、自宅に工場を併設してモルタルミキサー、モルタルポンプ等の修理、販売業を父親と営んでいたが、父親は高齢で、実質は原告一人で営業に当つていたこと、原告は、本件事故により、事故当日の昭和六〇年一二月三〇日から昭和六一年五月三一日までは就労不能であつたこと、原告の昭和六〇年度の営業収入は、四五八万二二八五円(なお、右収入のうちから専従者としての父親に対し専従者給与二二〇万円を支払)であることが認められるので、原告は、右期間中次のとおり一九二万〇七九三円の休業損害を受けたものと認められる。
458万2285円×153/365=192万0793円
5 逸失利益
原告は、本件事故によつて自賠責後遺障害別等級表第一四級に該当する後遺障害を受け、労働能力の五パーセントを失つたが、右後遺障害は症状固定時より少なくとも三年間は継続するから、右期間少なくとも右年収の五パーセントの得べかりし利益を失つた旨主張する。
しかし、昭和六一年六月以降において、右後遺障害によつて原告の営業が阻害され、収入に減少があつたことを認めるに足る証拠はなく、原告のこの点の主張はこれを認めることができない。
6 慰謝料 二二五万円
前示のとおり、原告は、本件事故により傷害を受け、入、通院を余儀なくされ、しかも後遺傷害が残つたもので、その他本件に顕た諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには、二二五万円をもつてするのが相当である。
六 損害の填補等
以上によれば、本件事故により、原告は合計五六五万一二二二円の損害を受けたものと認められるが、右金額から過失相殺として三五パーセントを減じると、原告の損害は三六七万三二九四円になる。しかるところ、原告が、本件事故に関し保険金から一七七万〇二二四円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、これを原告の前記損害に充当すると、原告の受けた損害は一九〇万三〇七〇円になる。
七 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用を負担したものと認められるところ、本件事案の内容、認容額等諸般の事情を考慮すると、右弁護士費用は二〇万円をもつて相当と認める。
八 結論
よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、二一〇万三〇七〇円及びうち弁護士費用を除く一九〇万三〇七〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六〇年一二月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 木下重康)
別紙 <省略>